Inspection Tour Report

海外視察レポート

英国の伝統と北欧の革新を学ぶ9日間
20260626
20260704
訪問先 イングランド(ロンドン)/フィンランド(ヘルシンキ・エスポー ほか)

はじめに

今年のCCIクラブ海外視察研修は、「伝統の継承と持続可能なイノベーション」をテーマに掲げ、ヨーロッパのなかでも対照的な個性をもつ二つの国、イングランドとフィンランドを訪ねました。

一方は、古い街並みや建物を大切に残しながら、中身は今の時代に合わせて変えていく「伝統の国」。もう一方は、世界最先端のテクノロジーと、幸福度・ウェルビーイングを軸にした働き方で世界の注目を集める「革新の国」。歴史も街の雰囲気もまったく違う二つの国ですが、視察を通して、両者に「持続可能性(サステナビリティ)」という共通点が見えてきました。

Ⅰ.イングランド ── 伝統を「活かし切る」まちづくり

最初の訪問国は、伝統と格式の国イングランド。首都ロンドンでは、世界有数の博物館から17世紀創業の醸造所まで、「古いものを大切にしながら、今の時代に合わせて使いこなす」姿勢が、街のあらゆる場面に根付いていました。

1.大英博物館にみる「開かれた知」

大英博物館は、「知識は広く社会に開かれ、誰もがアクセスできるものであるべき」という理念のもと、開館以来、常設展示を無料で公開し続けてきました。「国籍も年齢も問わず、世界中の人々が人類の歴史そのものに触れられる」「文化を一部の人のものにせず、社会全体の共有財産として育むべき」という精神は、イギリス全土の美術館・博物館へと波及し、文化をみんなで分かち合う土壌を形成しています。

さらに、博物館の周辺に拠点を構えるロンドン大学は、古くから女性や無宗教者、そして夏目漱石やマハトマ・ガンジーといった、さまざまな背景をもつ留学生を受け入れてきました。文化と教育がひとつになって多様な人々を迎え入れるオープンな環境こそが、都市の求心力を長く維持し、新たな関係人口や知を惹きつけ続ける原動力なのだと実感しました。

2.古い建物を活かしたまちづくり

ロンドンの街を見て驚かされたのは、古い建物を安易に取り壊さず、外観や景観はそのままに、内部の機能だけを現代の暮らしへとつくり替えるリノベーションが、市内の至るところで当たり前に行われていることでした。いまでは排ガス規制で使用が禁じられた煙突までもが、街並みを形づくる大切な景観要素として残されています。歴史を“不便なもの”として切り捨てるのではなく、暮らしの背景として受け継いでいく営みに、伝統への敬意を感じました。

視察で訪れた老舗醸造所「フラーズ(Fuller's)」は、17世紀から続く歴史を受け継ぎ、ロンドンならではの硬水を活かしたビール造りを行っています。銅製の醸造設備を現在も残すなど、長い歴史とともに培ってきた経営理念を大切に守る姿勢が、強く印象に残ります。

同社を買収した日系企業グループも、この地域の歴史と伝統を深く理解・尊重しており、それが地元ロンドンからも喜ばれているという話を伺いました。買い手が売り手の歩みや誇りをどれだけ尊重できるかが、事業承継の成否と地域からの信頼を大きく左右します。歴史的建造物や伝統工芸を数多く有する北陸地域にとって、地域ブランディングや事業承継のあり方を考えるうえで、大きな学びとなりました。

Ⅱ.フィンランド ── 市民起点の革新とウェルビーイング

続いて向かったのは、北欧の国フィンランド。世界幸福度ランキングで長らく首位を守り続ける一方、宇宙開発から新素材まで、世界を動かす革新的なスタートアップが次々と生まれる国です。「幸福」と「革新」が両立するこの地で、行政と市民の対話によって生まれた公共空間から、地球規模の課題に挑む若い企業まで、経営や地域づくりのヒントとなる現場を巡りました。

 

1.ヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」

ヘルシンキ中央図書館「Oodi」は、その成り立ちからしてユニークです。当初、この場所には美術館の建設が計画されていましたが、市民から「私たちが本当に欲しいのは図書館だ」という強い声が上がり、その願いを受けて実現したことを現地の方から伺いました。

「市民のリビングルーム」というコンセプトのもと、フィンランド産のトウヒ材をふんだんに用いた温かみのある館内には、本を借りるためのスペースだけでなく、飲食のできる空間、オンラインで予約できる多彩なミーティングルーム、スタジオ、ものづくりのためのワークショップ空間までもが備えられています。“静かに本を読む場所”という図書館のイメージを、はるかに超えた「暮らしと創造の拠点」がそこにありました。

さらに印象的だったのは、その立地です。Oodiは国会議事堂とちょうど向かい合う位置に建てられ、しかも一方が他方を見下ろすことのないよう、丁寧に設計されています。そこには、「政府と市民は、同じ広場を挟んで対等に向き合い、対話する存在である」という、民主主義と平等へのメッセージが込められています。

何をつくるかを行政が一方的に決めるのではなく、市民の声を起点に、行政と市民が共に地域の拠点を育てていく。このプロセスそのものが、これからのまちづくりの理想的なモデルの一つだと感じました。

 

2.ICEYE(アイサイ)

ICEYEは、小型のSAR(合成開口レーダー)衛星を自社で開発・運用する、フィンランド発の宇宙スタートアップです。SAR衛星の最大の強みは、雲や闇に左右されないこと。光学カメラでは捉えられない夜間や悪天候のもとでも、サイクロンや山火事といった自然災害の状況を、天候・昼夜を問わず高い精度で観測できます。

実際、米ロサンゼルスの山火事では、被害状況を即座に把握できたことで、通常なら2〜3週間を要する保険金の支給を、わずか6時間で実現したといいます。災害の多い日本、そして自然災害への備えが欠かせない私たちの地域にとって、こうした技術が地域のレジリエンス(回復力)を支える新たなインフラとなり得る可能性を、強く感じました。

そして、環境先進国フィンランドの企業らしいと感じたのが、その引き際への配慮です。ICEYEの衛星は、運用を終えると3年以内に地球上の安全なエリアで大気圏に再突入し、燃え尽きるよう設計されているということでした。年々深刻化する宇宙ゴミ(スペースデブリ)問題にまで責任をもち、最先端を走りながらも「つくって終わり」にしない点に、環境先進国ならではの本気が感じられました。

 

3.eThor(イーサー)

eThorは、北極圏を走る高速道路から人里離れた産業現場まで、極寒かつ過酷な環境下でも安定して稼働するEV(電気自動車)充電インフラを手がける企業です。主力製品「Polaris Boost」をはじめとするモデルは、大容量のバッテリーを内蔵することで、既存の限られた電力網(グリッド)をそのまま使いながら、双方向の超急速充電を可能にしています。

積雪や寒冷な気候など、厳しい自然環境を持つ北陸地域において、電力インフラの大規模な増強を待たずとも、“置くだけ”に近い手軽さでEV化を前へ進められるモデルとして、視察メンバーからも、「これまで考えも及ばなかった発想で、非常に参考になる取り組みだ」との声が聞かれました。

 

4.Woamy(ウォーミー)

Woamyは、海洋汚染などの原因となるプラスチックフォーム(発泡スチロールなど)に代わる新素材を開発するスタートアップです。木材由来のセルロースを主原料としており、リサイクルが可能で生分解性も備えたこの「バイオフォーム」は、軽くて丈夫、湿気にも強いという機能性を持ちながら、製造時のカーボンフットプリント(CO2排出量)を従来比で80%削減し、使い終えたあとは紙や段ボールと一緒にリサイクルできます。

「“便利さ”と“環境へのやさしさ”は相反する」という思い込みを覆す素材であり、こうした自然由来の素材を活用したサーキュラーエコノミー(循環型経済)の事業モデルは、新たな産業創出や地域資源の高付加価値化のヒントになり得るのではないでしょうか。

 

5.Purosi(プロシ)

Purosiは、心理的安全性とウェルビーイング、そして高いパフォーマンスが互いに高め合う組織文化づくりを支援する、人材育成・経営アドバイザリー企業です。フィンランドは、2026年時点で世界幸福度ランキング9年連続第1位。しかも、その高い幸福度と高い生産性を同時に実現している国として知られています。同社によれば、幸福度の高い従業員は、同じ労働時間でも生産性が13%高いという研究結果もあるといいます。「幸福」と「成果」は、二者択一ではなく、両立させ、循環させられるものということでした。

その背景には、メリハリの効いた独特の働き方があります。日の長い夏の間は思い切り休んで心身を充電し、それ以外の期間はワークライフバランスを大切にしながら集中して働く。休むことを“サボり”ではなく、成果を生むための“投資”として尊ぶ文化が、社会に深く根づいていました。

さらに印象的だったのは、成果の振るわないメンバーへの向き合い方です。管理や統制によって一方的に是正しようとするのではなく、対話を通じてその人自身のなかにある原因や可能性を探り、本来の力を引き出すことが大切ということでした。人を“正す”のではなく“活かす”マネジメントは、人手不足や働き方改革に直面する日本企業にとっても、持続可能な組織づくりや生産性向上に向けた重要な示唆になると感じました。

まとめ ── 「変えない強み」と「恐れない変革」

今回の視察を通じて、イングランドにおける「歴史的な景観の保存とビジネスの融合」、そしてフィンランドの「市民を起点とするまちづくり、地球規模の課題に挑む最先端テクノロジー、ウェルビーイングを基盤とした働き方」に触れてきました。

一見すると対照的なのですが、いずれも大切なものを守りながら、必要な変化を恐れないという点で共通していました。イングランドは、古い建物や文化という「変えない強み」を守り抜きながら、その中身を現代へと更新し続けています。フィンランドは、幸福という「変えない価値」を土台に据えながら、技術も働き方も大胆に「変革」し続けています。守るべきものを見極めているからこそ、変えるべきものを思い切って変えられる。サステナビリティの本質は、この“守る”と“変える”のバランスにあるのだと、あらためて気づかされました。

私たち北陸地域の企業がこれからも持続的に成長していくためには、地元が受け継いできた伝統・歴史・自然という「変えない強み」を最大限に活かしながら、同時に、労働環境の抜本的な見直しや、外部の新しい技術の導入を恐れない「変革」への一歩を踏み出すことが求められます。伝統は守るだけでは守り切れず、革新もまた、土台があってこそ根を張ることができる。この二つは対立するものではなく、両輪なのではないでしょうか。

本レポートで共有した気づきが、会員企業の皆様の今後の戦略づくりや、北陸の持続可能な未来を切り拓く新たな一歩への、きっかけの一つになれば幸いです。



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